こんにちは。耳澄(@siegmund69)です。
いよいよ1986年カルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団来日公演記の連載シリーズも終盤になりました。今回2回続けて当時の報道や演奏会評をまとめて、このツアーの総括をしたいと思っています。

熱狂の報
1986年5月9日から始まったカルロス・クライバー&バイエルン国立管弦楽団来日公演のツアーは、メディアではどのような報道があったのでしょうか。
まず初日の翌日10日に朝日新聞が演奏会評ではなく、社会面でその公演について報道しています。当時からこの幻の指揮者に対するメディアの関心が伺えられます。

ついで5月14日の朝日新聞の夕刊に、吉田秀和が5月10日のベートーヴェン・プログラムの演奏会評をあげます。
ロマンティックで英雄的なものを避け、新しいベートーヴェン像が立ち上げたと絶賛。またアンコールの「こうもり」には軽く驚きながら、このウィーン・オペレッタの曲もベートーヴェン同様の人間賛歌があるとして終始ご機嫌の文章。

”第四、第七交響曲はフルトヴェングラーからベーム、カラヤンのドイツ音楽の流れに根ざしながらも、近ごろよくある平凡な亜流ではない、本物の新しいベートーヴェン像を示していた”
朝日新聞 1986年5月14日水曜日 夕刊
”センチメンタリズムを洗い落とし、躍動する突進力、眩(まぶ)しいまでにひきしまった筋骨性の積極性。(中略)だから第七の第二楽章などフルトヴェングラーだと遅くて荘重で瞑想的な哀歌になっていたが、クライバーは原譜のアレグレットを守り通す。リズムの歯切れよさ、フレージングの明確さが音楽の力感を一層充実したものにする”
”(倍管の木管が)旋律を吹く時はなるべく独奏的に扱い音色と構造の多層性を浮き彫りにする。第四の第一楽章など、その顕著な例。導入部から主要部へ、主要部の再現など、まるで大輪の牡丹の開くのを見る想い。”
”こうして彼は《こうもり》にウィーン・オペレッタの名作というよりワーグナー、ヴェルディと並ぶ作品として照明を当てながら、ベートーヴェン自身だって偉人、楽聖である前にまずシュトラウスと同じ同業者にほかならず、二人は肩を並べて人間賛歌を歌ったのだと、私たち聴衆に笑いながら語りかけていた。”
変わり種としては当時「週刊朝日」に連載していた砂川しげひさの「コテン音楽帖」5月30日号の回で、初日5月9日のブラームス終演後の見事に揃ったブラボーの様子を面白おかしく描写しています。小澤征爾やポリーニも来場していたことも書かれています。

幻のロイヤル・オペラの「オテロ」
ところでこのツアーの会場で配られたコンサート・チラシの中に、その年の秋に来日予定されていたイギリスのロイヤル・オペラの告知パンフレットがありました。
当初カルロス・クライバーは秋にもこのロイヤル・オペラと共に来日して、ヴェルディの歌劇「オテロ」あるいはビゼーの歌劇「カルメン」を上演するという噂が立ったものでした。


雑誌「音楽現代」1984年6月号 連載「音楽 おもてからうらから」にはNBSの佐々木忠次氏のインタビュー記事があり、そこにはクライバーが「オテロ」を振る予定である旨を発言しています。配役もドミンゴとフレー二が予定されていたようです。

しかしツアー中に配布されていたこのパンフレットを開いても、演目に「オテロ」はありませんでしたし、アグネス・バルツァとホセ・カレーラスの豪華なコンビによる「カルメン」はありましたがクライバーの名前はありませんでした。彼の出演は残念ながら流れてしまったのでした。
熱狂のラジオ放送
さて、このツアーの来日公演がNHKによってテレビ録画とFMの録音されていたことは、確か雑誌「Fmfan」の記事で知ったように記憶します。
そして、ついにツアーから約1ヶ月後の6月9日(月)にFM放送されたのでした。

FM放送内容
NHKFM
放送日:1986年6月9日(月) 19時20分〜21時
ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調
ベートーヴェン:交響曲第7番ニ長調
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」
1986年5月19日 東京 昭和女子大学人見記念講堂
指揮:カルロス・クライバー
バイエルン国立管弦楽団
しかし、この日のFM放送はいわゆる放送事故がありました!
私の記憶では後半になればなるほどブツブツとノイズが混入されていたのでした。
この収録は当時NHKが導入したばかりのPCM録音だったとのことで、放送の送り出しの際にトラブルがあったようです。
多くのクレームを受けたのでしょうが、NHKは早速再放送を決定します。
同内容の再放送は6月19日(木)の19時20分〜となりました。

再放送の内容
NHKFM
放送日:1986年6月19日(木) 19時20分〜21時
ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調
ベートーヴェン:交響曲第7番ニ長調
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」
1986年5月19日 東京 昭和女子大学人見記念講堂
指揮:カルロス・クライバー
バイエルン国立管弦楽団
前回エアチェックしたテープはNHK由来のノイズが入っているため処分してしまいましたが、この再放送はカセットテープで録音し、約10年後にDATテープに変換しました。
しかしこの時のエアチェック、今度は私の不備で音がやや右に偏っていたこと、DATテープに変換する際に元のカセットテープを損傷してしまい、7番交響曲は2楽章以降が欠落してしまい不完全な記録となってしまいました。とほほ。

熱狂の記
FMfan 1986年6月16日号
さて、このNHKFMの放送が流れている頃に音楽雑誌もこのツアー取材の記事が出始めました。
まずFMfan6月21日号にツアーの取材記事が出ました。コンサートの模様はもちろん音楽ライターが5月18日のNBS主催の歓迎レセプションに潜入した模様も記されており、カラーページとはいえ、たった3ページながら、私が知る限り最もファン目線で書かれた記事です。はっぴ姿のクライバーや彼が食べ残した日本食の写真など!
”クライバーが指揮したのは、すべて初めての曲ばかりだった。ブラームスの交響曲第2番と称する曲や、ベートーヴェンの交響曲第7番と名乗る曲は、確かに何度も聴いたことがあるけれど、それは皆曲の遺体だったのだ。”
FMfan 1986年6月16日号
カラー口絵p.5 堀内修「カルロス・クライバー演奏会」より
”バイエルン国立管の歓迎レセプションが都内のホテルで催されるという情報が入ったのだ。18日はマチネの公演日。戦慄的なベートーヴェンの興奮さめやらぬまま、会場に駆けつけると、クライバーは人々と歓談するでもなく、隅の方にひっそりと座っていた”
”マエストロはヒラリと立ち上がって握手をしてくれた。もの静かで穏やかで、まるでフツーの人のようだ。舞台でのあの刺激的な指揮姿の人とは、別人ではなかったのか。「あなたの振る〈こうもり〉をぜひ日本で見たい」と、おそるおそる切り出すと「OK、もちろんですよ」という気軽なご返事。”
カラー口絵p.5 より




音楽現代 1986年7月号
雑誌「音楽現代」1986年7月号はモノクロ口絵には、後に写真集も出す木之下晃氏が撮影した2日目の公演の1枚が掲載されました。
また演奏会評のページである「コンサート・クリティーク」では見開き2ページに渡って、A・B両プログラムの批評(ブラームスのAプログラムは菅野浩和氏。ベートーヴェンのBプログラムは平野昭氏)が載りました。
平野氏の評は、このツアーの演奏会評の中では冷静な視点で書かれたものの一つで、スコアのポイントも押さえた内容になっており、評価できると思います。


“「魔弾の射手」での、ほとんど自由闊達といってよいほどのテンポ、曲想の刻々の変化と、思い切り振幅を拡げ。対比感(正と邪、暗と明など)を強調した秀演は、この一曲だけでオペラのドラマの集約的表現といってよいほどである。”
音楽現代 1986年7月号 p.226-227 菅野浩和
”旋律を横に歌わせるときの、拍節をほとんど感じさせないで流す指揮法は、これはまさにラテン的感性であることは疑いない。(中略)我々はこの種の指揮法を時折フランス人の指揮者や中世・ルネサンス音楽をレパートリーとする合唱指揮者に見てきたが、カルロス・クライバーの指揮が秘術として、この種の感性を技法が物を言っていることが今回分かって、おおいに興味をそそられた。”
”クライバーのベートーヴェンであるが、これは秀演であったと言えよう。しかし、妙な言い方になるが、正に期待どおりであったという意味において、やや物足りなさを感じなくもなかった。(中略)彼の魅力の第一の要素は音楽を如何に劇的に構築するかにあると言える。(中略)精緻なアンサンブルの中でのダイナミック法とテンポ上のコントラストによる変化を根本に置いているのである”
音楽現代 1986年7月号 p.227 平野昭
”木管セクションに比すると弦楽器のアンサンブルは乱れないもののやや音色的清澄さに欠けていた。また総じて金管が木管ほどに旋律を歌いきっていなかった。”
“しかし、(4番)第1楽章冒頭アダージョの三十八小節に及ぶ導入部のアダージョは実に見事(中略)ヴァイオリンの同音反復(三拍)での段階的クレッシェンド、続くトゥッティのffとティンパニのロール、そして次の小節第一拍目に明確にアクセントをつけて強打する方法などは正に魔術的に音楽を昂揚させていった”
次回最終回へ
この後、老舗雑誌「音楽の友」の演奏会評そしてNHK総合でのテレビ放送と続くのですが、それは次回シリーズ最終回(その5)の連載へ。
以下から飛んでください!
どうかお楽しみに!
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