こんにちは。耳澄(@siegmund69)です。

カルロス・クライバーならでは。。。
1986年5月9日(金)
待ちに待った初日を迎えました。
ところが!
朝刊を見て驚愕。
一瞬「キャンセル?」と早合点して狼狽えたのですが、いきなり初日になっての曲目変更。。。
当初→シューベルト:交響曲第3番ニ長調
変更後→モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調 K.319

さあ、大変。
元々わたしは事前予習派なので、この突然の曲目変更でさらに狼狽えるのでした。
このモーツァルトはノーマークだった上に、当時の自分にとっては未知の曲。
ふとレコード棚を見ると、当時ほとんどの曲が未聴だったホグウッドのモーツァルト交響曲全集全3巻(LP)があるではないか!
ということで第2巻(ザルツブルク1773-1783年)を取り出して、急ぎ33番のみをカセットに落として、夕方までウォークマンでリピートし続けるという文字通りの付け焼き刃でした。

いよいよ開演
こうしてあたふたしている間に日は暮れはじめたので、会場である東京上野の文化会館に向かうのでありました。
当時の記録ノート兼日記によると、会場に到着したのは18時45分(開演は19時)
またその記録によると、大ホールのロビーにはツアーグッズ!が売っていたのですが、一番欲しいと思ったポスターは既に売り切れていました(確か絵柄はOrfeoのベートーヴェン4番のジャケットに使われていた写真だったと記憶します)
私の席は4階の舞台に向かって右翼の席。
そこから眼下に望むオケの配置をわたしは両翼配置だと早合点して、当時の記録ノートのイラストにはそれが描かれています(このイラストは弦楽器の配置が間違っています)

後々これがいわゆるドイツ式の配置(当夜は下手から1st→2nd→Vc→Va。CbはVc奥)であることに気づきました。
オケ配置を見誤るほどに興奮最高潮の私。
そこへ、ついに下手より指揮者が現れました。
そのゆっくりとした落ち着きのある歩み。
以前観たあの快刀乱麻な「ばらの騎士」の指揮ぶりから、足早に登場すると勝手に想像していた私は軽い驚きがありました。
しかし聴衆もまた、そのばらの騎士のように振り向き樣で指揮し始めると思ったのか、指揮台に立つまではブラボー!さえ掛かる熱狂的な拍手だったのが、お辞儀をして楽団員に振り向くや否や、ものの見事に引くのでした。
当日のプログラム
5月10日(金)開演19:00
Aプログラム
ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調K.319
ブラームス:交響曲第2番ニ長調 作品73
指揮:カルロス・クライバー
バイエルン国立管弦楽団
東京文化会館大ホール
いざ!本番
ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
拍手が止んでしばらくの静寂の後、あの冒頭の弦楽器のみによるC音ユニゾンが始まりました。
ここはppからfのクレッシェンドですが、クライバーは我々が固唾を飲んで見守る静寂から深く大きな音の塊を立ち上げ、否応なく「深山幽谷」のイメージをもたらすのでした。

次に出てくる有名なホルン四重奏は、残念ながら出だしでコケてしまいましたが、13小節目のチェロによるアクセントのついた合いの手は表情豊かに奏でられ、ハッとさせられました。

ご承知のように、この序曲の冒頭は静寂とそれを破る強い緊張感があり、それを生々しいコントラスで描ききるクライバー。
たった数分間。それだけで我々は彼の血湧き肉躍るの音の渦に巻き込まれていきました。
最初のクライマックスである61小節目のffでは文化会館を揺り動かさんばかりの轟音で駆け抜け、91小節目の弦楽器のpのトレモロがホルン・ファンファーレの咆哮を支えるべくmfに切り替わる辺りの正確なデュナーミクがもたらす目覚ましい音響

そのあとのクラリネットソロに至るなだらかなテンポへのギアチェンジなどは、オペラ指揮者ならではの鮮やかな緩急!
そして、あのハ長調の歓喜の爆発の前にあるコントラバスの強く厳しく響き渡るピッツィカート。
それはまるでカルメン前奏曲の「宿命の動機」でバスとティンパニーが打ちつける楔と同じような凄みを感じました。

私の記録と記憶はこれぐらいしか残っていないのですが、
今にして思えばこの序曲こそ、クライバーの真骨頂だったのかもしれません。
モーツァルト:交響曲第33番変ロ長調K.319
前述したように当日いきなりの曲目変更と私自身が知らない曲だったということもあり、付け焼き刃ではこの曲におけるクライバーの表現を楽しむというレベルには至りませんでした。
しかし、刈り込まれた編成によって繊細で透明な響きが生まれ、例えば第1楽章の展開部におけるジュピター音型による対位法的展開。

第2楽章の中間部の美しいオーボエが導くカノン

こうしたモーツァルトならではの美しさを堪能することができました。
ブラームス:交響曲第2番ニ長調
休憩を挟んでいよいよ酉となりました。
当時、ブラームス2番といえば数年前に父が買ったバーンスタイン&VPOによる全集の中の録音—やや脂肪過多で濃密な演奏しか知らなかったので、クライバーの冒頭から速いテンポには正直驚くと共に、大変新鮮な印象を覚えました。

ブラームス:交響曲全集(LP)
残念ながらここでも冒頭のホルンソロがコケたように、オケの能力が必ずしも万全ではない事は薄々了承していましたが、クライバーはそれを物ともせずドライブし、感情豊かな劇性を要求していました。
第1楽章
1楽章33小節からの陰りがある荘重なトロンボーンの後に、爽やかな空気をもたらす練習番号Aは、魔弾の射手でも聞かせてくれた静寂から湧き上がってくるあの楽興。
そのあとの次第にテンポを上げてfに至ってD-Cis-Dの基本モチーフが高らかになる開放感!

金管のファンファーレの後の134小節目、木管とヴィオラによるシンコペーションに乗って、高弦と低弦が掛け合う下りのくっきりとしたテクスチュア。

そして中間部でのD-Cis-Dの基本モチーフが「怒りの日」の主題に転じていくような「最後の審判」的恐ろしさなど。
第2楽章
細部こそ記憶が曖昧ですが、ここでもテンポが速く、見通しがすっきりとしていて、冒頭のチェロはかなり辛口の悲歌

また1楽章の中間部の再来のような苦悶に満ちた葛藤も、その速さとベタつかないアゴーギルによって「凍てつく冬」を想起させるような演奏でした。
第3楽章
「驚くべき速さ」であの牧歌的なオーボエが奏でられたのは覚えていますが、それ以外は残念ながら記憶がありません。。。
第4楽章
最初のトランペットが音をハズしていましたが、確かに密やかな弱音をキープしていたので緊張感ある冒頭でした。
クライバーは14小節目の木管→高弦→低弦と移行するモチーフをはっきり面滅するようにスコアにはないアクセントを指示していて、立体的なテクスチュア。

もちろんクライバーらしい熱いテンペラメントは続く23小節目からの駆け抜ける喜びの凱旋で爆発し、再現部の雪崩れ込んで突入する第2主題での目一杯の熱い歌

またコーダ冒頭では353小節目からのトロンボーンと木管のコラール掛け合いを明確にするクライバーのキュー。

しかし何と言っても終結に向けての凄まじい加速!
運動の快感に委ねて理性はかなぐり去られ、
我々は忘我の内に最終音を聞き届けるのでした。
そして耐えに耐えた興奮は見事に揃ったブラボーによって弾けたのです。
後にも先にもあんなに綺麗に揃った掛け声は聞いたことがありません。
アンコール
ヨハン・シュトラス2世:ポルカ・シュネル「雷鳴と電光」
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
大歓呼に応えて演奏されたアンコールは、まず「雷鳴と電光」
そして5月19日公演のテレビ放送でも聞ける肉声「コウモリ!」でお馴染みの「こうもり」序曲。
この2曲に関しては、わたしの興奮がリミッタを超えていたせいか、残念ながら記憶にありません。。。
宴の後
既にアドレナリンが枯渇してしまいぼーっとして外に出た私は、文化会館の楽屋口に向かったところ、そこで集まっている人たちの拍手の中からクライバーを乗せた車が出てきました。
よく見るとその隣にはポリーニがいるではありませんか!


こうして熱狂の初日は終わりました。
今、記録と記憶を元にこの演奏会を冷静に振り返ってみると、オケには少なからず綻びがあって、更にクライバーの妥協のないドライブも加わって演奏としてはギリギリだったと思うのです。
特にブラームスは完成度において今ひとつであったことは事実です。
しかし一方で55歳壮年期のクライバーだからこそ聞くことのできた、破綻を恐れずに疾走しながら音楽を抉っていく様は大変得難いものでした。
中でも「魔弾の射手」序曲はその劇的描写はもちろん、緊張感に溢れた静寂も凄くて、一生涯忘れられないものになりました。
それだけでも満足できる演奏会だったと思います。
次回はベートーヴェン・プロであるBプロの5月18日の公演について書きたいと思います。
お楽しみに!
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