東京都交響楽団 第944回定期演奏会Aシリーズ
©Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra

東京都交響楽団 第944回定期演奏会Aシリーズ

2022年2月28日(月)東京文化会館にて開催、東京都交響楽団 第944回定期演奏会Aシリーズの公演記録とレビュー/コメントのアーカイブページです。

公演日(初日) 2022年2月28日(月)  19時00分開演
会場 東京文化会館
出演 指揮:大野和士
ピアノ:小林愛実
管弦楽:東京都交響楽団
演目 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 作品93  
参照サイト
東京都交響楽団公式サイト。コンサートスケジュール、チケット、オーケストラの紹介や第944回定期演奏会Aシリーズのご案内。
www.tmso.or.jp

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らむーど

2022年2月28日 東京都交響楽団 第944回定期演奏会Aシリーズ@東京文化会館大ホール

皆様、ごきげんようm(__)m上記の演奏会に伺ってレビューを書かせてもらいます、らむーどと申しますm(__)m

先ず伺おうとした動機は、ショスタコーヴィチの交響曲第10番の第2楽章と第4楽章後半の疾走感があるリズムの箇所を是非都響の実演のサウンドで聴いてみたかったからで(^-^ゞ実は先日もたまたまよい席が入手出来た事がきっかけで聴きに行ったアマオケの演奏会でこの曲を聴いていたり(^-^ゞ2006年にもサントリーホールのPブロックでですが(^-^;クラシック通でいう所の「一般参賀」もありましたが(^-^ゞフェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団の演奏会でもこの曲を聴きましたが(^-^ゞ聴ける機会があればやはり都響でも聴きたいと思っていて(^-^ゞ今回は1階席の中央通路より僅かに前方の中心の席を入手出来て聴きました(^-^ゞ

表現面では、大野和士先生指揮の演奏会は昨年(2021年)の12月の定期演奏会Bシリーズも聴いていて(^-^ゞやはりピアノ協奏曲とショスタコーヴィチの組み合わせでしたが(^-^ゞその時に書いたレビューのような表現もありつつつ今回のピアノ独奏の小林愛実ちゃんがベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾くにあたって、もっとも、元々はポールルイスが出演予定だったので愛実ちゃんは代役でたまたまそれにハマったのかもしれないですが(^-^;皆様ご承知の通りのショパンコンクールでの第4位入賞という事で「4」掛けのとんちのようでもあったかと思いましたが(^-^ゞそれらに加えて誤解を怖れずに書くと「普段着の都響」のようなものを感じたのですが(^-^ゞこの時に先ず誤解を怖れずに書くと演奏会の開催前に都響の何人かの団員のツイートも見かけたのですが(^-^ゞ皆様ご承知の通りのウクライナとロシアにおける情勢があるが故にその団員達のツイートの中にはプログラム後半のショスタコーヴィチを演奏する事に多少抵抗がある類のものを見かけましたが、これは演奏会後に見かけたもので当日のコンサートマスターのソロコンサートマスターの矢部達哉さんのツイートの中で「スターリンの残虐性」からくる「ショスタコーヴィチの叫び」のような響きを今までは一度も聴いた事はなかったという類の事を書いていましたが、でもその前に「この現状を演奏にどのように反映させるべきかというような言葉は誰の口からも出なかった」とも書いていて、俺自体が前半のベートーヴェンと愛実ちゃんのアンコールのショパンの「24の前奏曲」の中の一曲も含めて実際に聴いた時に各々の作曲家の「想い」のようなものを感じ取っても先のような情勢に対して何らかの解釈を加える感じの「過度な味付け」のようなものは全く感じなかったと思った事がやはり先の「普段着の都響」のように感じた理由の一つで、もう一つ理由を書くと都響の「本拠地」である東京文化会館、現在の音楽監督の大野先生指揮、ソロコンサートマスターの矢部さん(先の通り当日のコンサートマスター)と四方恭子さんかコンサートマスターの山本友重さんのいずれかがトップの席に座るという条件が揃ったと感じた事もありますね(^-^ゞそしてそれらの事が実はプログラム全体の表現の一部だと感じた事でもあったのですが(^-^ゞそれはなぜかというと例えば都響にも「歴史」というものはあって、でもその中で様々なプレイヤー達が入団したり卒業したりで入れ替りながら「都響」というオケが成立して続いていっている訳ですが、それらの時に「よりよい音楽をリスナー達に伝えたい」という「想い」の部分は共通して変わらないと思うのですね。この時にこれらの事を「地球」に置き換えてみるとやはりある意味で「営み」自体はどれ程ハイテクのようなものは進歩しても然程変わらないと感じるのですが(^-^ゞその時にやはり先の「想い」というものを照らし合わせて考えた時に「想い」は「原点」ではないかと感じて、俺達が普段から感じている「時間」というものは「時空を超える事を知る」という為にあるような気がして、ましてやクラシックの音楽でもそれこそベートーヴェン等のように何世紀も前から存在し続けているものもある訳ですからね(^-^ゞ更にこれらの時に「何を見据えているか」によってやはり誤解を怖れずに書くと「魂の質」のような違いもあるのかとも感じられて(^-^ゞ大変秀逸なアプローチでございましたね(*≧∀≦*)

演奏面では、先に「普段着の都響」のようだと書いた事に関連しますが(^-^ゞ誤解を怖れずに書くとひたすら作曲家に対して「向き合う」ような感じの演奏だったように感じて(^-^ゞだから先程の表現面での「過度な味付け」がないという事でもありますが(^-^ゞただ、それらの事柄においてリスナーによってはそれが「淡白」だと感じられて酷評する向きはあるかもしれないですがね(^-^;それからピアノの愛実ちゃんについて(^-^ゞ実は大野先生指揮のものは東京芸術劇場の定期演奏会Cシリーズもあって、フランス物や首席フルートの柳原佑介君の演奏にも興味はあったのですが(ToT)その当日が愛実ちゃんのリサイタルを聴いてきたので都響には行けなかったですが(ToT)五井という駅から40分位かけて歩いて会場に行きましたが(^-^;まあ凄い人気で限りなく満席に近かったですが(゜ロ゜;実際にリサイタルを聴いて「引き算的なもの」が上手だと感じましたが(^-^ゞ今回のベートーヴェンの協奏曲でも誤解を怖れずに書くとそのようなものも求められる曲だと感じましたが(^-^ゞ本当に凄く洗練されていて最高でしたね(*≧∀≦*)ショスタコーヴィチはスタイリッシュな感じでリズムの心地よさも最高でしたね(*≧∀≦*)

終演後は大野先生の「一般参賀」もあって(*≧∀≦*)俺としては「日本人指揮者」では先日の大阪フィルの演奏会での尾高忠明先生の2回目に続いて大野先生の2回目の「一般参賀」を見る事が出来て感無量ですね(*≧∀≦*)

ではまた長々と恐縮でしたが(ToT)このレビューをご覧下さりまして誠にありがとうございましたm(__)m先に書いたような新たなパンデミックにも注視しなければならなくて本当にしんどい状況がまだ続きますが、皆様におかれて今一度お気を付け下さればと思うと同時に一刻も早く平和な社会に戻る事を祈念したいですよね。

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