読売日本交響楽団 第245回休日マチネーシリーズ
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読売日本交響楽団 第245回休日マチネーシリーズ

2022年3月12日(土)東京芸術劇場にて開催、読売日本交響楽団 第245回休日マチネーシリーズの公演記録とレビュー/コメントのアーカイブページです。

公演日(初日) 2022年3月12日(土)  14時00分開演
会場 東京芸術劇場
出演 指揮:マキシム・パスカル
ヴァイオリン:前橋汀子
管弦楽:読売日本交響楽団
演目 ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」から
ショーソン:詩曲
ラヴェル:ツィガーヌ
ルベル:バレエ音楽「四大元素」
ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲


翌日も同プログラム  
参照サイト
読売日本交響楽団の公式サイト。公演プログラム、指揮者・楽団員リスト、マエストロからのメッセージ、会員募集、当日券情報など
yomikyo.or.jp

https://yomikyo.or.jp/concert/2020/12/245-1.php

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らむーど

2022年3月12日 読売日本交響楽団 第245回土曜マチネーシリーズ@東京芸術劇場コンサートホール

皆様、ごきげんようm(__)m上記の演奏会に伺ってレビューを書かせてもらいます、らむーどと申しますm(__)m

以前にN響の明電舎の演奏会のレビューを書いた時も少し触れたのですが(^-^;大変恥ずかしい話で恐縮ですが(ToT)実は俺としてはショーソンの「詩曲」の名前と曲が一致出来たのが昨年(2021年)の事になって(ToT)もう少し早く知っていたらその昨年のN響での沼尻竜典先生指揮でヴァイオリンが辻彩奈ちゃんの演奏会等を行っていたかもしれないですが(ToT)これらの時にこの事も皆様の方がよくご存知だと思いますが(^-^ゞこの「詩曲」は現在ではヴァイオリンとピアノの形式で演奏される機会が多くて、俺としても実際に昨年にその形式のリサイタルを聴いたりイザイ編曲の弦楽合奏形式の演奏会を聴いたりして(^-^ゞやはり実は来月(2022年4月)もアクシデントがなければ(^-^;再度ヴァイオリンとピアノの形式のリサイタル等を聴きに行く予定なのですが(^-^ゞ先のN響や今回の読響のようにオケで演奏される事が本来のものなのですが(^-^ゞでも実はそのようにオケで演奏される機会はそう多くはないかと感じるが故に是非とも聴きに行きたいと思った事が動機だったのですが(^-^ゞ但し翌日の日曜が既に予定が入っていた事柄があった事とおまけに更に次の月曜も家の関係の予定が入っていた事があって物理的に今回伺った土曜しか予約しようと出来なかったのですが(^-^;今回はその「詩曲」を聴く事を重視したかったが故にヴァイオリンの前橋汀子さんを「見る」という事も重視したくて(^-^ゞもしよさそうな席が予約出来なければは演奏会に行く事自体はやめようかと思いましたが(^-^;今回は1階の比較的後方の前橋さんを見るものによさそうな席が予約出来て無事に聴く事が出来たので感無量でしたね(*≧∀≦*)因みに今回は曲を聴く事が重視だったので(^-^ゞプレイヤーが誰かという事は問わなかったのですが(^-^ゞ本来の予定だったシモーネラムスマが出演が出来なくなって(ToT)代役の決定に至る時にラヴェルの「ツィガーヌ」も演奏している事から先に書いたような感じで予定さえ空いていればもしかしたら彩奈ちゃんが代役になるのではないかと予想をしていたのですが(^-^ゞ前橋さんに決まって個人的には意外だと感じましたが、ただ、今回は前橋さんの出演でなければ成立出来ないと感じた表現を感じて(^-^ゞそれは若いヴァイオリンプレイヤーでは無理だろうという感じた程前橋さんは凄かったですよね(゜ロ゜;

その表現面において前橋さんのものでは少しだけ演奏面を絡めて書きたく思いますが(^-^ゞやはり「詩曲」が凄くて(゜ロ゜;誤解を怖れずに書くと「枯れた感じ」というものがよく出ていたと感じたからなのですね(^-^ゞこの時に俺が昨年に聴いた演奏でも色々な音源でもヴァイオリンがよく鳴って技術的にも素晴らしい。それはやはり誤解を怖れずに書くとある意味では「健全」な「詩曲」だったと思うのですね(^-^ゞこれらの時にやはりある意味で前橋さんの「匠の技」から出来るものなのか、所々で微妙に音程をずらしながらだったり鳴りを抑えながら演奏していると感じて、ともすると「ベテランだから指が回らないのだろう」と誤解して酷評するリスナーも多いだろうと思うのですね(^-^;でも事実としてその後の「ツィガーヌ」やアンコールのバッハでは正確無比で力強くモダンな演奏だったと感じたので「詩曲」では「技」だという事がよく分かりますよね(*´ω`*)それらの事において「詩曲」はある意味でほの暗い曲調と言える事から「健全ではない」というものが本来のものではないかと言えて、先のような若いプレイヤーでは出来ないだろうとは感じましたね。それらの事を踏まえたプログラム全体の表現の中で、先ずルベルの「四大元素」に触れますが、やはり以前に読響でのガエタノデスピノーサ指揮の演奏会に伺ってレビューを書いた事での表現にも似ていて、今回のルベルはデスピノーサ指揮のものだとラヴェルの「クープランの墓」にあたるものですが、それは「新聞を読む」という感じの表現で(^-^ゞ「人間」であれば一人一人に「スポットライト」を当てる感じて「誰もが輝ける」という事での「記録」のようなもので、それは「魂」が「天国的な世界に“戻る”」という為のものだとも感じて(^-^ゞその時に「新聞」というとネット等が主流になりつつも現在も続いている、ある意味で「古典的」な「情報ツール」だと思いますよね。やはりその時にルベルでもやはりある意味で誤解を怖れずに書くと「古典的な響き」がした曲だと感じるが故にその表現の証明ではないかと思いますよね。そのルベルの前後において、オーラスのラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲が「天国的な世界」にあたって(*´ω`*)前半が主に「地球で生きる」という表現にあたったと思いますね。そしてその前半のやはり前橋さんが出演した所においては実は「二面性」という表現も感じられてその点でも前橋さんの凄さを感じる訳ですが(゜ロ゜;先に書いた「枯れた感じ」というのが、誤解を怖れずに書くと地球上では万物は必ず「死」を迎える訳ですが、でも「魂」の観点で考えると「永久の存在」が故に「原点」の観点では必ず「やり直しが効く」という事が言える表現が「二面性」においての一つ。もう一つがやはり先に書いたような感じで前橋さんが酷評を受けそうな感じでの「邪魔な存在」だったり(^-^;前橋さん自体でも「(指揮の)マキシムパスカルのフランスプログラムだと?そんなの関係ねえσ( ̄∇ ̄;)」と小島よしおばりに言わんとするようにアンコールに「ドイツ物」のバッハをぶち込むもの(でも誤解を怖れずに書くとその後のルベルがバッハにも通じそうな古典的な響きを持つ曲が故に次につなげるという意味合いもあったりはしますよね(^-^ゞ)等で、やはり誤解を怖れずに書くとある意味で「アボイドノート」のような表現もあったりしたと思ったのですが(^-^ゞこの時にその「アボイドノート」という事について軽く書くと例えば「C」のキーにおいて「ドレミファソラシド」とあるスケールにおいて見た時に「ファ」の音が「アボイドノート」にあたって、やはり例えば仮に「ミ」→「ファ」→「ソ」とメロディがあった時に「ファ」を短い音価でつなげてやるとメロディが円滑になったりするのですが(^-^ゞその時に「アボイドノート」を「地球で生きる」という事に例えて考えた時にその「地球で生きる」という事も壮大な時間から見たら「ごく短い時間」だと言えると思いますが、その短さが「天国的な世界に“戻る”」という事で言えたものがあって、本当に聴いていて勉強になりましたよね(*´ω`*)

演奏面では、全曲が超名演で(*≧∀≦*)とりわけ先程にも書いたように「詩曲」が最高で感無量でしたね(*≧∀≦*)ただ、その事が重視で基本的に演奏毎には席を変えられないので正直に書くとこれは左右が中心の席で聴きたかったですが(ToT)「ダフニスとクロエ」第2組曲での特に「パントマイム」があらゆるクラシックの曲の中でも一番に好きだと感じる曲の一つなのですが(^-^ゞその「パントマイム」でのヴァイオリンのソロ(当日のコンサートマスターは小森谷巧さんでソロも本当に素晴らしかったですよね(*≧∀≦*))の少しだけ前の所のコードの感じの箇所が凄く好きで最高でしたね(*≧∀≦*)その部分や「パントマイム」全般においては以前に実演でも聴いてその演奏会がCDになってその音源でも聴いている都響の永久名誉指揮者のジャンフルネが指揮の第600回定期演奏会での演奏の感じにも近いと感じられてやはり最高でしたよね(*≧∀≦*)

では長々と恐縮でしたが(ToT)このレビューをご覧下さりまして誠にありがとうございましたm(__)m本当に皆様が「健康」で「平和」な日常が戻る事を祈念したく思いますので、現在の状況においても今一度お気を付け下さいねm(__)m

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